使いの帰り道、シトシトと細かい雨が鈍色の空から静かに降ってくる。

傘を持って出なかった俺は、空を見上げて思案する。

「…まあ、いいだろう」

濡れて帰ると決めると、自然と足早になった。

早く戻りたいというのもあったし、

風邪をひくような軟な鍛え方はしているつもりもない。

それに、雨は嫌いではない。

今日のような音の無い雨は…。

「……」

しかし、道を進むにつれ、俺の神経は張り詰めてゆく。

途中から、俺の足音に紛れて別の人間の気配を感じているからだ。

息を殺すように近づくその気配は、物取りなどのような輩ではない。

新撰組か、はたまた別の手の者か…。

「…!」

わざと人気のない道へと、俺が足を向けた時だった。

キィン!

背後からいきなり刃が飛んでくるのを瞬時に抜き取った刀で受け止める。

「岡田以蔵だな?」

俺は相手を見遣る。そこには見慣れぬ浪人風情の男が一人いた。

「お前は…?」

「人斬りに名乗る名はもっておらん。…覚悟!」

キィン!キィン…!

刀と刀がぶつかり合う音が、路地に響く。

「どうした!それでも人斬り以蔵か!」

男は、俺を煽ってくる。

しかし俺はそんな挑発に乗るつもりはない。

相手の出方を待ち、構えを取る。

「チィ…!」

痺れを切らした男が刀を大きく振り上げたその時、

「おい!何をやっている?」

誰かが此方へ近づいてくる。

その声に男が気を取られた一瞬を狙い、俺は峰打ちを喰らわせる。

「ごふっ…!」

男が気を失うと同時に、俺は路地を飛び出し、走りだした。

「コラ待て!」

呼び止める声に応える訳もなく、俺はひたすら走った。

走って 走って…更に走って。

どこまで走ればいいのか…。

振り切ったと確信しても、俺はまだ走った。

その間、俺は考えていた。

さっきの奴のように、俺を斬る事で名をあげようとする者、

新撰組のように、捕らえようとする者。

俺の周りは、いつも危険が付きまとう。

それでも、俺はかまわなかった。

仲間も、承知の上だ。

だが…俺は、怯えている。

あいつは…あいつだけは、巻き込みたくないと、恐れている。

まっすぐな瞳で俺を見る、あいつから笑顔を奪うような事はしたくない。

『それでも人斬り以蔵か!』

さっきの男の言葉が、頭を掠める。

「まったくだ…」

ひとり呟く俺に、雨は静かに降り注ぐ。

何も言わず、降り注ぐ…。

それからどのくらいたったのか、俺は宿へと再び足を向けていた。

「…!」

目と鼻の先という距離まで来た時、俺は思わず足が止まる。

どの位、そうしていたのだろうか…?

門前で番傘を片手に、あいつが立っていたのだ。

「以蔵。おかえりなさい」

俺を見つけたあいつが、無邪気に微笑みながら近づいてくる。

「うわ、随分濡れちゃってるね。大丈…!」

バシャ…。

傘と手ぬぐいが、地面に落ちる。

懐から手ぬぐいを差し出したあいつを、俺が腕の中へと引き寄せたからだ。

「い、以蔵…?」

「少しだけ…このままでいてくれ…」

少し冷えた身体を感じ、俺の腕に力が籠もる。

「……」

最初は戸惑いを見せていたあいつが、俺にその身を預けた。

「おかえり…」

ただ一言、そう呟いて…。